アニメ 違国日記 最終話
◇グノーシア
◇花ざかりの君たちへ
◇シャンピニオンの魔女
◇真夜中ハートチューン
◇透明男と人間女 そのうち夫婦になるふたり
◇エリスの聖杯
◇異世界の沙汰は社畜次第
◇うるわしの宵の月
◇正反対な君と僕
◇違国日記
◇グノーシア
宇宙船人狼ゲームのアニメ化と思いきや、ただ人狼ゲームをやっているだけでなかった。同じメンバー狭い宇宙船の繰り返しのストーリーでどうやってこの作品を面白くするのだろうと感じていたのも杞憂。回を増すごとに話は積み上がりいい意味で話が宇宙空間をワープするような感覚がある。令和っぽいキャラデザと設定は、ノンバイリーで無菌室で育った未来人でありつつ、これまでのSFのおきてを丁寧になぞっていったように思う。主人公のユーリの中性的な外観と、いつも少し困って考えている様子がなぜかえらく可愛い。1クールと半分の枠で宇宙船内で起きたこととは思えない満足感があった。1話の判断でただの人狼ゲームかという感想と裏腹に、この作品には何かありそうという期待感が画面に静かに置いてあった。ここに気づけたのは大きい。
8/10
◇花ざかりの君たちへ
平成中期の空気感をそのままアニメへ。懐かしのキャラデザイン、設定、服装もなんだかあの頃を思い出す。タイトルだけ知っている漫画を今更見る。作者の、女の子を男装させて男子校に入れちゃえというあまりにも強力なギミックには、違和感が出る前に、そういう話って面白い事しか起きないよねって納得できる謎の説得力がある。芦屋君のバレないはずがない設定も、キャラの中でわかっている側、わからない側、徐々にバレていく側と、3層構造になっている。このキャラ同士の緊張感やギクシャク感は見ているものを確かにそわそわさせる。このありえなさをラブコメの王道に押し上げた原作者は天才だと思う。
OPEDがYOASOBIなのはなんとなく意外な選択に思うけど作品を邪魔せず説明しすぎずまあまあな塩梅に感じる。
6/10
◇シャンピニオンの魔女
学園アリスの作者。こちらも絵柄が平面的で懐かしのアニメ。世界を壊す嫌われ者の主人公が、呪われた王子様を不器用に救う話。少女漫画調のメルヘンぽいストーリーと見た目に、呪いという毒が盛り付けてある。この話は静かなのにどこかいつも不穏で不気味。キャラデザの不安定さも相まって、見るものを選ぶ作品になっている。ややカクカクしたアニメーションに、丁寧な演出が加わって、こどもの頃読み聞かせられた不思議な絵本を思い出すようだ。内容は覚えてないけど断片的に印象的なシーンが残るタイプの悪夢を思わせる作品。OPEDは非現実世界への誘いとしてうまくできている。特にEDの手を差し伸べてくれるようなやさしさはこの作品の救いであった。息が感じられる距離感が音で設計されている。音の存在自体は、大きいけど重くなく柔らかく暖かい印象だ。気の利いたことを入らない、ただ不器用に近くにいてくれるだけでいい気持ちだけでもあればいいそういう作品かなと思う。
6/10
◇真夜中ハートチューン
人気声優を集めた学園声優ラブコメ。声優という職業をメタ的にアニメのキャラに落とし込んだ逆転の発想。歌手、Vtuver、声優、アナウンサー、声を使う職業は意外と多い。そしてそれを学校の部活として繋げ、さらには、昔見たストリーマーとのつながりまで持たせた。世界の設定やギミックは申し分ない。4人いるヒロインをローテーションで話を作れば、1クールのアニメができる。このアニメは歌でありドラマであり学校生活の日常でもある。謎解き要素はともかくとして、今頃の声優をメタ的に落とし込んだバラエティ作品。声優とは、歌手でありナレーターでありVであり恋人である。つまりはオタクエンタメのど真ん中である。
6/10
◇透明男と人間女 そのうち夫婦になるふたり
アニメで紡ぐノーマライゼーション。アニメの世界は、多様性の幅が現実より一次元高い。透明人間であったり、獣人であったり。しかしよくある異種族の集まりではなく、人間の主人公をあえて盲目の少女にしていることがこの作品の肝だと思う。現実世界では盲目は障害であるがこの世界では個性であり一つのアイデンティティの一つだ。中でも、透明人間の苦労話のディテールが食事や衣服といった日常的な困りごとから、透明であるが故の社会的信用などの人生にかかわる大きな部分まで触れている。これはアニメで表現するにはややしつこさを感じつつも、個性には反発的な生きづらさがつきものであると暗に説明している。この作品、放送では字幕であったり副音声で丁寧に障碍に寄り添っている。話の中身は、大人の恋愛ただそれだけでありつつ、個性というギミックを仕込んだ非日常的な日常アニメになった。透明人間のトウノメさんのスーツ姿はアニメのなかでもなんだかエモい。
少し気になったのはこの作品、音響に変な音嫌な音を入れないようにしているように感じたことだ。EDの音質も丁寧に作ってある。
5/10
◇エリスの聖杯
謎解きサスペンスに、幽霊を添えて。初手のなんだかおもしろいことが起きそうな雰囲気はよかった。ただこの手の作品としては着地点はほかの似たようん作品と差別化できていないように感じた。もうすこし考察を入れながら丁寧に見ていく作品でもあると感じるけれど、どうしても結局はまあそういう展開にしかならないよねという限界も感じる。
EDの田村ゆかりはかなり久々に感じる。アニメが見せる話の輪郭はとても魅力的ではあるけれど、実態を共わない、それは確かにエリスの幽霊そのものだったかもしれない。
4/10
◇異世界の沙汰は社畜次第
女性向けハードコアなろう作品。女性向けでかなり攻め込んだ一作。ある意味衝撃の展開。クェイサー的な回復魔法。社畜の主人公が受けであるけれど、果たして万年目の下にクマを浮かべたまじめだけが取り柄の社畜に萌えはあるのかいささか疑問ではあるけれど、回復魔法がそういうシステムなら仕方ない。主人公をオーバーワークさせる強制回復させるこのテンプレートを1クールで10回程度繰り返したそういう作品。なんだかもっとストーリー展開を社畜以上に頑張れるところはある気がするが、なろうアニメゆえに人肌くらいのこのくらいの温度感が逆にちょどいいのかもしれない。でもアレシュ様がやっぱりなんでそこまでほれ込んでいるのか守りたくなるのかは明らかな壁がある。
3/10
◇うるわしの宵の月
イケメンと美少女を眺める1クール。少女漫画のきれいな世界。王子と呼ばれる憧れの女子と、プリンスの絶妙な距離感を描く。主人公の宵ちゃんがどんどん恋にはまり込んでいく様子が丁寧に描写される。彼氏役の王子もクラスに一人はいた恋愛に夢中なイケメン男子、揺れるはずがないカッコいい自分像、相手がどう動こうと動じないはずの男らし心が、もどかしく揺れる瞬間を割と生々しく描く。特に、ヤンキー系男子のちょっとわがままで子供っぽい一面を、ダサくちゃんと表現しているところはもうカッコいい超えて普通に可愛い。起承転結、低いラインから始まる恋心は、少し浮いてから大きく沈み込む。少女漫画と特有の感情の揺れ痛みを見ているとなんとも女の子のめんどくささまで感じる。
この作品、全編にわたって作画がきれいで整っていた。指先から恋に落ちた表現も目の煌びやかな恋する目の光がちゃんと作画で出せていたことが良かった。OPEDのさわやかさも相まって最初から最後まで白と青と透明の青春。カレーまで白く恋に染まりそうだ。作画のワンポイントとしてはレコードの表現もよかった。
6/10
◇正反対な君と僕
ギャルとオタクの恋模様。ずっとラブラブ、ずっと青春。この作品で見ていたのは、学生だったあの頃のくだらない毎日。そういえばそんなこともあった、友達のそんなくだらないギャグで笑っていたあの頃が思い浮かぶようだ。OP映像からかなりのこだわりを感じる、Spotifyとコラボしているだけあってガチャガチャと鳴る青春のにぎやかさを映像トリックでも音でも表現されていた。正統派の、日常ラブコメ。家と学校のイベントを一通りこなした1クール。原作者はどうしてこんなにもささやかにくだらない学校生活を表現できたのだろうと思うほど、どのキャラの動きも学生時代そんなこともあったよねと感じるあるあるがちりばめられている。この手のアニメはヒロインがなぜ主人公に惚れたのか不明なことがあるけれど、この世界では、そういうルールの上で楽しい学生生活がただただあるだけなのだ。
かけがえのない普通の学生生活が、今後の人生で永遠に続いていく。高校生活も中学も3年で終わるが、その記憶そのものはいつまでたっても生々しく続くのだ。何となく過ごした学生生活の記憶は生きる活力となる。そうしていつの間にか大人になっていく。
7/10
◇違国日記
この物語に終わりはあるのだろうか。絶望と孤独と幼さと他人と。
親を同時に亡くした主人公朝は誰から見ても不幸でかわいそうだ。しかしそんなに不幸でかわいそうな自分を本当にわかってくれる人はこの作品にはいない。この物語の中心は、あのマキオの散らかったマンションの一室だ。ここが唯一の居場所であり物語が動いていく舞台でもある。実家の片づけと、朝が混乱して実家に帰ってしまうシーンはアニメとは思えないほどあまりにも心が痛む。そこにマキオの不器用さ、発達障害っぽい独特の距離感は生々しく静かに描かれる。マキオが朝の母親をいちいちフラッシュバックさせているのは発達障害の描写としては珍しい解像度である。一方でそんなマキオに見守られることになった朝の心情は常に不安定だ。子供っぽくもあり心に穴が空いた取扱いに困る人である。子供ではあるがマキオからみたら子ではない。ここからどのようにして抜け出すのか?この関係にゴールは存在するのか。ただただ揺れる心と流れる時間をアニメとともにただただ過ごした。本当に大切なものを失くしたとき、人との距離感がわからなくなった時、自分の感情すらもうまく説明も押し込めることもできなくなった時、人はどうすればいいのか迷い続ける。砂漠を歩く描写がたびたび出てくるが、自分ですら支えられないような孤独や不安に陥ったときの行き場のなさは近くにいる人ですらどうにもできない。今作は演出や作画もさることながら音楽の演出力が反則的に強かった。音が視聴者の呼吸をコントロールするかの如く、息が詰まる苦しさを音で表現していた。こんなにも繊細なアニメは今まで見たことがなかったかもしれない。こんな作品を見ていると思う、私の好きな岡崎律子さんが生きていたら、きっとOPかEDに抜擢されたのではないかと、そして、その音楽がもっとこの作品の生命力を底上げしたのではと。しかしもういない。20年も前に亡くなってしまっている。大切な人がいないことはあまりにも切ない。この作品は、1話の冒頭から朝のアカペラから始まる、そして、最終話には朝のバンド活動で終わる。こんなに苦しい目にあって、名曲の一つもできないと嘆く朝が、最終話でこの違国日記のOPを不器用に歌う。そうかTOMOOのソナーレは朝の歌だった。朝が来る歌だった。モノクロの世界に光が差し込む瞬間を描いた歌だった。ライブのシーンが終わると、急に日常生活を営む大人の朝が出てくる。亡くなった両親の誕生日ケーキのろうそくの火をふき消す。心の炎症はいつの間にか静まっていた。どんな困難も、毎日当たり前に”朝”が来るように、特別な”なにか”ではなくただただ流れて、日が昇るみたいにふとした瞬間にもう終わっているのかもしれない。3話で苦しくて見るのを辞めようと思った自分もまた、1クールを一つ息を整えているうちに終わった。終わりはいつか来る。その終わりは自分で手繰り寄せるというより、いつの間にか流れて昇っていくものなのだろうと。
朝が来る。
10/10

0 件のコメント:
コメントを投稿